伊達政宗書状

登録番号2270
管理番号1
資料群名H2購入217
作成者等中島伊勢守(宗求)宛
年月日(天正18年〔1590〕)4月21日
数量1幅
法量縦32.7 横40.8
備考・解説政宗が家臣の中島宗求に宛てた手紙。宗求は伊具郡金山(宮城県丸森町)城主で、当時、相馬氏領との南の境目である駒ケ嶺城(福島県新地町)を守備する立場にあった。豊臣秀吉の側近で五奉行の一人だった浅野長吉(のちの長政)から全面的な協力と秀吉への口添えを約束されたので上洛することにしたが、少しも心配することのないようにと伝え、政宗の留守中には宇多郡新地・駒ケ嶺両城(ともに福島県新地町、新地城は蓑頸山城の別名)とも連絡を取り合い、手抜かりなく守備を固くするのが肝要である、と述べている。追伸では、宗求を今回連れて行かないことを不安に思っているとも書き添えている。政宗は、ほかの家臣へも諸境の守備を固くするよう指示を与えており、宗求へも同様の指示を与えていたことがわかる。なお、本文中で政宗は、自身の小田原参陣の件を「上洛」と記している。政宗は秀吉の小田原出陣を知っており、自身が小田原へ行った後、京都へ向かうことを想定していたためかと思われる。『仙台市博物館収蔵資料図録⑨ 伊達政宗文書』24、『仙台市史 伊達政宗文書』676。

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