伊達政宗書状

登録番号2263
管理番号H26-購1-2-1
資料群名安達郡上長折村伊東家資料
作成者等万休斎宛
年月日(天正16年〔1588〕)8月4日
数量1通
法量縦33.5 横41.5
備考・解説天正16年の6月から7月にかけて、安積郡郡山(福島県郡山市)をめぐって蘆名・佐竹の連合軍と対立した政宗は、岩城氏の仲裁によって和議を結び、郡山の確保に成功した。これにより蘆名氏・佐竹氏との対立に小康状態を得た政宗は、二年前に正室愛姫(めごひめ)の実父である田村清顕が没して以降、家中が伊達派と相馬派に分裂している田村領の確保に乗り出した。7月下旬、清顕の甥である田村宗顕を田村氏名代に指名した政宗は、8月5日に田村氏の本拠である三春城(福島県三春町)に入り、相馬氏の追放を実行した(田村仕置)。この資料は、田村家中の伊達派と相談しながら「仕置」を進めようとしていること、田村氏の重臣で反伊達の姿勢を強く見せる大越氏については岩城氏と相談して対応を進めていることなどを記している。宛所の「万休斎」については未詳。万休斎が田村方面に出馬する必要はないことや、白石(宮城県白石市)を通る際に対面しようと文中に記していることなどから、伊達領北部の柴田郡・名取郡方面に在住する家臣と推定される。市史収集資料。『仙台市博物館収蔵資料図録⑨ 伊達政宗文書』12、『仙台市史 伊達政宗文書』309。

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