伊達政宗書状

登録番号2260
管理番号1
資料群名H12購入454
作成者等資福寺(虎哉宗乙)宛
年月日(天正16年〔1588〕)閏5月21日
数量1幅
法量縦34.7 横52.8
備考・解説天正16年(1588)閏5月12日、相馬義胤は田村領の中心である三春(福島県三春町)に侵入したものの、田村氏内部の親伊達派によって船引城(福島県田村市)に追われることになった。政宗は自ら出陣して、16日の小手森城を手始めに、相馬氏に味方した反伊達派の諸城を攻略し、19日には義胤のいる船引城を攻撃した。義胤は山道を伝って逃れ、かろうじて本拠の小高城(福島県南相馬市)へ帰還している。この資料は、16日から19日までの戦勝について、師父で資福寺住持の虎哉宗乙に伝えた手紙。追伸には、義胤を追い詰めた満足感と討ち取れなかった悔しさをにじませている。資福寺は長井郡夏刈(山形県高畠町)にあった臨済宗寺院で、のちに政宗に従って移転し、現在は仙台市青葉区にある。『仙台市博物館収蔵資料図録⑨ 伊達政宗文書』9、『仙台市史 伊達政宗文書』3549。

PageTop