伊達政宗書状

登録番号2257
管理番号1
資料群名S51購入33
作成者等石母田左衛門太輔(景頼)宛
年月日(天正16年〔1588〕)2月22日
数量1幅
法量縦33.0 横42.5
備考・解説天正16年(1588)正月、米沢城(山形県米沢市)にいた政宗は、前年末から計画していた大崎氏攻めのため、重臣の浜田景隆を陣代(政宗の名代)、同じく重臣の留守政景・泉田重光を大将とする大軍を派遣した。2月に入り、大崎方の加美郡中新田城(宮城県加美町)に進軍したが、反撃を受けて大敗を喫したため苦境に立たされ、各地の家臣に救援の動員をかけることになった。この資料は、本拠地の伊達郡石母田(福島県国見町)にいた石母田景頼が、この動員に応じて救援に赴いたことをねぎらった手紙である。あわせて家臣の伊東肥前重信に書状をしたためたので届けてほしいとも伝えている。景頼・重信ともに、それぞれ志田郡松山(宮城県大崎市松山)方面へ向かっていたようである。「南口」(安積方面、福島県郡山市など)や「相馬筋」(福島県浜通り北部)などの戦況を気にする様子もうかがえる。『仙台市博物館収蔵資料図録⑨ 伊達政宗文書』5、『仙台市史 伊達政宗文書』201。

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