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支倉家家譜書出

登録番号124
管理番号1
資料群名H10寄贈422
作成者等支倉右仲筆
年月日安永2年(1773)3月14日
数量1帖
法量縦29.8 横18.8
備考・解説支倉家に伝来した家譜の一つ。歴代について最も詳細な内容をもつ。これによれば常長の経歴は、山口飛騨守常成の子として生まれ、のちに叔父時正(常成の兄)に子がいなかったことから養子となり、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際には主君伊達政宗とともに渡海、慶長元年(1596)には老年の養父時正に実子が生まれたため分家したとある。慶長18年(1613)、南蛮国へ渡海して、南蛮国の帝王に拝謁するなどして年数を重ね、元和6年(1620)に帰国、元和8年7月1日に52歳で没したと記されている。『仙台市博物館館蔵名品図録 改訂版』78、『仙台市博物館収蔵資料図録 国宝「慶長遣欧使節関係資料」』参15、『特別展図録 伊達政宗の夢ー慶長遣欧使節と南蛮文化』114。

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