高台院書状(木下ゑもんの大夫宛)

分類歴史
形態古文書
資料番号1981-012
資料名高台院書状(木下ゑもんの大夫宛)
材質・形状・技法紙本墨書
員数1幅
点数1
法量(㎝)上19.1×57.1
下19.5×51.7
制作年代年未詳8月21日(江戸時代)
実物・模造実物
解説本状は、散らし書きで書かれており、近況などがのびやかな書体でしたためられている。宛先は彼女の甥にあたる木下延俊で、関ヶ原合戦で東軍(徳川方)につき、戦後その功により豊後国(現大分県)日出藩主となった人物である。
 高台院(天文一七・一五四八〜寛永元・一六二四)は、「ねね」(通称「北政所」)で親しまれている秀吉の正妻である。秀吉の死後仏門に入り、高台院と称した。

  ⑬ そもし御ためにかゝつらひ候御事候⑥ 御入候つるよし
  ⑭ まゝ御心やすく思ひまいらせ候  ㉚ たのミ入候 又
    将くんさまも          ⑦ はやはやよく候や
  ㉕ たれも御入候ハす候よし候て   ⑳ ことおほき中に申かね
  ① 江戸へ御つかはし候者      ㉛ 御岩へ文にて
  ⑮ こきけんよく候と候まゝ     ⑧ 御きかま
  ㉖ すヘハこやうしにも       ㉜ 申候ハんすれとも
  ② そこほとのくたり候       ㉑ 候へともいつものやうし木
  ⑯ うれしく思ひまいらせ候 又   ⑨ しく候 我々ハ
  ㉗ 申つけ候まゝてま        ㉝ 御事つて
  ③ よし申候まゝ御         ㉞ 申たく御入候 かしく
  ⑰ 大坂の御ふしんに御大き     ⑩ そくさいに候まゝ
  ㉘ 入候はす候とも御        ㉒ 御のほせ候て給候ハゝ
  ④ うれしく一筆申候        御うれしく思ひまいらせ候 かしく
  ⑱ ともとをしはかり        ⑪ 御心やすく候へく候
  ㉙ うて給候へく候         ⑫ めやすあけ候者の事も
  ⑤ ひとひハかいきけに       ㉓ きとり候ハす候とも
  ⑲ まいらせ候 猶々        ㉔ありのまゝにて御のほせ候へく候
                      

                      八月廿一日
                       木下
                        ゑもんの大夫殿まいる
                               高䑓(台)院
(『堺市博物館優品図録』より)

『堺市博物館優品図録』に掲載
時代近世

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