岡本 豊彦

作家情報名(ヨミ)おかもと とよひこ
作家情報名(英語)OKAMOTO Toyohiko
生年月日(西暦)1773/**/**
生年月日(和暦)安永2年
没年月日(西暦)1845/**/**
没年月日(和暦)弘化2年

略歴・解説

窪屋郡水江村(現在の倉敷市水江)の旧家岡本清左衛門の庶子として生まれる。名は豊彦、字は子彦、通称司馬、号は鯉喬のち丹岳、さらに葒村と改めた。10代の半ば頃、玉島(現在の倉敷市玉島)在住の南画家黒田綾山に師事する。その後大坂に赴き綾山の師福原五岳にも学び、主に山水画を描いた。寛政8(1796)年頃に上洛して四条派の呉春の門に入る。以後呉春の作品をすべて粉本として写して学んだとされ、やがて呉春門弟筆頭として活躍する。写生画風を基調として、南画的雰囲気が加味された山水を得意とした。呉春没後、画塾澄神社を開くと、田中日華、塩川文麟、柴田是真をはじめとする多くの門人が集まった。塩川文麟の門からは幸野楳嶺を輩出するなど、豊彦の画系は後に近代日本京都画壇の主流となっていく。また、同門の柴田義董とともに古市金峨や小野雲鵬といった次世代の岡山画壇を支える四条派画家も育成、指導した。甥の常彦も豊彦に従学しており、風景画や人物画を得意とした。

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