広瀬 臺山

作家情報名(ヨミ)ひろせ たいざん
作家情報名(英語)HIROSE Taizan
生年月日(西暦)1751/**/**
生年月日(和暦)宝暦元年
没年月日(西暦)1813/**/**
没年月日(和暦)文化10年

略歴・解説

岡山県北部・美作の津山藩士の子として大坂屋敷で生まれる。池大雅の有力門人で大坂文人画壇の重鎮であった福原五岳に就いて画法を学ぶ。安永4(1775)年、臺山25歳のとき、家族とともに津山へ帰る。天明元(1781)年、臺山は、江戸定府を命ぜられ、以後、江戸での生活が続くが、50歳頃から、関東の文人たちとの交友を深めるとともに、作品数も増えていく。そして、還暦を迎えた文化8(1811)年、臺山は津山に戻り、実弟彦蔵宅に落ち着く。住み慣れた江戸を離れる際には、交友の深った増山雪斎・谷文晁・大窪詩佛・僧雲室等が送別の書画を贈っていることが、現存作品より知られる。臺山は、『八種画譜』や『芥子園画伝』といった中国の画譜の方法論を学び、それに忠実な作品を描いているが、細密な筆致で謹厳な印象を受ける格調高い作例が多い。

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