井田雷堂筆「七言絶句 無題」

分類古典籍
資料名(ヨミ)イダライドウヒツ シチゴンゼック ムダイ
寸法(原寸)113.0×30.8 (外寸)192.0×44.0
成立年代不明
公開解説 井田雷堂(1838~1889)は、七軒町(現在の大垣市歩行町)で、大垣藩の儒学者井田澹白の子として生まれた。幼名は五蔵、字は子載・譲、号は雷堂・梧窓という。大垣藩の城代である小原鉄心に認められ、嘉永5年(1852)、14歳のころに藩校「敬教堂」の句読師となった。土井聱牙(ごうが)や安井息軒に学び、大垣藩第10代藩主戸田氏彬(うじあきら)に儒学を講義し、侍読となった。明治に入ると、県知事を務めたほか、特命全権公使としてオーストリア駐在を命じられ、外交官としてヨーロッパ各地で勤めた。

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