名馬仲田青毛

No百-名-19
資料名(よみ)●めいば なかだあおげ
概要戦前までの村では、農家の多くが馬を飼い、秋の品評会の時など村の馬場で「ウマスーブ(競馬)」が行われ、農民の楽しみの一つでした。そうしたこともあってウマスーブのさまざまな話が残されています。薩摩でのウマスーブの話はどれも琉球の馬が勝つ話として伝えられています。
詳細あらすじ
 昔、琉球の国に仲田青毛という名馬がいた。
この名馬のことが薩摩まで聞こえて、薩摩藩主が「その馬が欲しい」といった。
琉球王は「仕方ない」と仲田青毛を薩摩に持たせた。
しばらくの間は薩摩藩主も「いい馬だ」と喜んでいたが、やがて馬は藩主のいうことを聞かない暴れ馬になった。
薩摩にはその馬を取り扱える人がなく馬小屋に閉じ込め、琉球に「仲田青毛は暴れ馬になった。
元の仲田青毛にできる人をよこせ」と使いをやった。
琉球王は馬を飼っていた嘉数カナーという人と馬乗りの名人の野国里之子と渡嘉敷ペークーを薩摩に行せた。
行って見ると、仲田青毛は勢いもなくやせて、まるっきり別の馬になっていた。
沖縄からきた三人にも歯をみせて喰いつこうとした。
嘉数カナーは「私が飼っていた馬だ。なんとかやってみよう」と、沖縄から持ってきたまんじゅうに自分の唾をかけて食べさせた。
すると馬はそれを食べて沖縄のことを思い出したのかおとなしくなった。
嘉数カナーが手を出すと馬が近づいて来て、嘉数カナーに撫でられた。
しばらくして、馬小屋から出し、川で浴びせたりしているうちに、元の仲田青毛になった。
そこに薩摩藩主がきて、「どうだ、元の名馬にもどったか」といって、みると、見違えるほどの名馬になっていた。
藩主は、「走る姿を見ないと納得できん。何月何日に馬場を走ってみせよ」といった。
藩主は、このままでは薩摩の面目が立たないので、事故に見せかけて、馬もろとも殺すことを考えていた。
そして、前日に馬場に落とし穴を作って準備した。
ところが、藩主に使われている下女の中に仲村梁カマドという沖縄の娘がいた。
娘は藩主の計らいを聞いていたので、馬勝負の前日に野国里之子と渡嘉敷ペークと嘉数カナーを呼んで、落とし穴のことを教えた。
そして「私が落とし穴の上に馬の糞を置いておくから、そこにきたら、馬を飛ばしなさい」といった。
そして翌日、馬場に行くと、あっちこっちに馬の糞が置かれていた。薩摩藩主が「さあ、走らせろ」といったので、馬乗り名人の野国里之子が仲田青毛を走らせた。
そして馬の糞が置かれてるところにくると、「よぉい」といって馬を飛ばした。
落とし穴のあるところをヒュー、ヒューと飛んでいった。
野国里之子も馬術もみごとで馬も名馬だから飛んでいった。薩摩藩主や家来たちはびっくりして、「落として殺すつもりだったのに、馬乗りが上手だ」と感心して、仲田青毛を琉球に返したという話。

語り 山本川恒さん 母方の祖父からの伝承話 (聴き取り)1981年9月11日話者自宅にて
大分類名護やんばる大百科
中分類民話・伝承話

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