今年の干支 リュウキュウイノシシの話

No文60
資料名(よみ)●ことしのえと りゅうきゅういのししのはなし
概要名護市広報・市民のひろば1995年(平成7年)1月号掲載。名護市の自然60 
詳細 沖縄に古くから陸にすむ哺乳類のなかで最大の種類は何でしょうか。その答は、このリュウキュウイノシシです。他に大型の哺乳類としては慶良間諸島にすむケラマジカを思い浮かべますが、このシカは今から約360年前に九州から持ち込まれたものとされていますので、もともと沖縄にすんでいた哺乳類ではありません。二ホンイノシシが体重80kgから190kgに達し、体長も150cmと大型であるのに対し、沖縄産のイノシシは体長は90cm~100cmで、体重もせいぜい50kg~70kgどまりです。こうした体型の違いから沖縄産のイノシシはニホンイノシシの亜種に分類されています。
 しかしながら、化石として県内各地でみつかるイノシシの骨は、現生のイノシシに比べかなり大型です。これは琉球列島が大陸と陸続きであった時代に渡ってきたリュウキュウイノシシの祖先と考えられています。その後、琉球列島では地殻変動が生じて島の大部分が沈んでしまい、現在のように島ごとにわかれてしまいました。その時、高い山を持つ島では島全体が沈むことなく、山地に取り残されて生き残った動物がいました。これらがイリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナ、ハブなど今日では遺存種と呼ばれる動物たちです。そして、このイノシシも同じように生き残り、狭い島に適応していくために体を小さくすることで生き延びてきました。これが現在のような小形のイノシシをうみだした背景です。そうした意味で沖縄のイノシシはよさに琉球列島の成り立ちを教えてくれる生き証人でもあります。食害に悩まされている農家の方々にとっては、困りもののイノシシですが、実は大切にしたい生物でもあります。そしてまた、人類がイノシシを改良して家畜のブタをつくったように貴重な遺伝子資源でもあります。
 さて、わが名護市内では、本部半島を除くほとんどの森林地域でイノシシが掘り返した跡を見つけることができます。時には市街地近くの名護城や幸地川治いでガサゴソとエサをあさる姿をみかけることもあります。エサあさりに夢中になり、すぐ近くまで近づいても気がつかないこともありますが、気がつくやいなや「猪突猛進」逃げ足はでそれこそ早いものです。こうした体験も名護市ならではのものがあるように思います。
 夏場は森林やその周辺の耕作地などで生活し、雑食性で昆虫、ミミズ、カタツムリなどをエサにします。シイの実がみのる秋にはこれを求めて森林内でくらしますが、シイの実の豊富な山地森林が少なければどうしても里におりていかざるをえません。
 緑豊かな町の身近な場所にこうした大型の野生生物が生き残れる森林をできるだけ多く残したいものです。(嵩原/95.1)

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