タメトモハゼ(幼魚)

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タメトモハゼ(ポーイーブー)の由来

No文36
資料名(よみ)●ためともはぜ(ぽーいーぶー)のゆらい
概要名護市広報・市民のひろば1993年(平成5年)2月号掲載。名護市の自然37
詳細 明治40年頃、屋部川でイーブーの大物が捕獲されて話題になりました。普通のイーブーは10cm未満の小魚ですが、600g程度もあったといいます。淡水魚の研究者、国頭農学校の黒岩垣校長は飛びあがって喜んだことでしょう。その魚は、日本ではじめて発見された種類だったのです。地元の人がポーイーブーと呼んでいる魚です。
 彼は、ポー(大きい)イーブー(ハゼ)を日本語に直訳して、オオハゼと名づけようかとも考えたようですが、タメトモハゼと命名して発表しました。そのいきさつは800余年も昔の事件と関わりがあります。捕まえた場所が、天保の乱に敗れた源氏の武将・鎮西八郎為朝が漂着したといわれる運天港に近かったので、タメトモの名をつけることになったのです。タメトモハゼは、他のハゼに比べてずばぬけて体が大きく、古武士のような風ぼうをしています。しかし、人目を忍んで、草深い山里にかくれ住む落武者のように警戒心が強いのです。川の淀みにいますが、人が近寄ると素早く物陰に身を隠します。黒岩先生は、その様子を見て、戦国時代の武将を連想したのでしょう。タメトモハゼは、奄美大島から石垣島、外国では熱帯地方に分布します。名護では屋部川、源河川、喜瀬川、汀間川などにもすんでいます。(幸地)

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