名護親方程順則聖人像

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名護親方程順則聖人像

No百-名-215
資料名(よみ)●なごうぇーかた ていじゅんそく せいじんぞう
資料名(英語)●tei junsoku
年代昭和40年代
概要程順則[ていじゅんそく]の座像。 旧名護博物館(旧名護市役所)の前庭に名護親方程順則の銅像が建っています。
 程順則(1663~1734)は、那覇の久米村に生まれます。字は寵文。近世の沖縄を代表する政治家・文学者です。1728年(雍正6)、彼が66歳の時名護間切の総地頭職となり、名護聖人ともいわれました。1966年(昭和41)6月7日に入魂式がおこなわれました。像制作は彫刻家の後藤光行氏。
詳細1964年ごろ、旧名護町の大西正時町長時代に建立が計画されましたが、1965年の町長選挙で大城亀助が当選し、計画が頓挫するかと思われましたが、大城町長は計画を承認し、資金難など紆余曲折ありながらも1966年完成し、現在に至ります。
程順則は、5回の清への渡航で「六諭衍義]などを持ち帰るなどし、今でも尊敬の念を集めています。
大分類名護やんばる大百科
中分類碑文

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