瀬嵩区の位置

瀬嵩区について

No百-名-155
資料名(よみ)●せだけくについて
概要面積4.8k㎡ 人口266人 世帯数125世帯(2021年6月30日現在)
瀬嵩は、方言でシダキと呼ばれ、「海の瀬」にちなむといわれています。
集落は、東海岸の大浦湾の湾岸、北の一ツ岳を水源とする瀬嵩川の下流に位置していて、沖積低地や砂地に形成され碁盤の目状の形態をなしています。かつてのウマバ(馬場)が、集落内をほぼ東西に走り、主要道路の役割を果たしていました。後に郡道となり、さらに県道70号線(名護国頭線)となりました。その後国道331号線となり、現在は集落内から外れ南側の海岸寄りを通っています。
詳細近世の史料では「せたけ村」「多嘉山村」とも書き残されています。
康煕58年(1719年)羽地の真喜屋に通る道が開かれ、久志間切の番所が久志から瀬嵩に移されました。
それ以後、久志間切の行政の中心地でした。村時代の役場が置かれていたところでもあり、現在は名護市役所久志支所がおかれています。集落の南の丘は御嶽となっています。
戦後すぐに疎開・避難民を集めた収容所が各字に作られ、瀬嵩には久志東部の中心施設が置かれ人口が3万人を数え、一時的に瀬嵩市となりました。
大分類名護やんばる大百科
中分類地域情報

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