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旧岩本家住宅

ID1259
大分類ID7
資料名(よみがな)キュウイワモトケジュウタク
出版年月1棟
原所在地奈良県宇陀郡室生村黒岩632番地
指定区分等重要文化財(建造物)
時代・時期江戸時代末期 嘉永(1848~1854)頃
構造・形式等入母屋造、茅葺
寸法桁行13.893m、梁間11.070m
資料解説 岩本家は、奈良県東部山間部、旧室生村黒岩(現宇陀市)にあって農林業を営み、庄屋年寄を務めたと伝える家です。建築年代は、19世紀中期、嘉永(1841~55)頃と推定されています。1979年2月に奈良県に寄贈され、翌年、大和民俗公園に移築復原しました。
 間口7間、奥行5間半、入母屋造の茅で葺き下ろした屋根が、素朴ながら重厚な外観をみせ、梁組や差物など構造手法にみるべきものがあります。改造は殆どなく、当初の様子がよくわかります。
資料説明詳細 岩本家が所在した黒岩は、淀川水系室生川源流に注ぐ黒岩川流域に位置する伊勢本街道沿いの村です。岩本家の主屋は、この街道下にあって河岸段丘部を造成して建てられていました。正面左手、表側角にマヤ(牛小屋)を設け、奥にかまど、流し、唐臼をそなえた釜屋と作業場を兼ねた土間となっています。マヤと釜屋側の境に立ってひときわ目立つ柱が「カマタテバシラ(鎌立柱)」です(盆地部や旧大宇陀町などでは「ハナカミバシラ」)。この位置にある柱が家の格を表すといわれて太く立派な材を用い、大切にされるのは、奈良県の特色といえます。
 入母屋造の茅で葺き下ろした重厚な屋根を支える小屋組みは、敷桁の上に半間毎に梁をかけ、真束と叉首で棟木を受けます。土間上に、太い梁がかかる様子は見どころです。この他、正面側をせがい造り(深い軒先を作るため、室内にある本桁から梁を突出して桁を乗せる工法)とするところ、構造材に栗材を多く用いていることなどこの地域の特色をよく表しています。
 右手の居室は6室で、上手には表から奥の間(8畳)、中の間(6畳)、付書院をもち、奥に仏間をとるほとけの間(4畳)が一列に並びます。下手は表が6畳のでえのま(出居の間)、奥は長6畳として板敷のひろしきを食い込ませて広く取っています。間仕切りの食い違うところでは差物同士を組んで柱を省略する進んだ構造を取り入れ、また、表と南側には半間通りの縁を付け、この外側の板雨戸で戸締りをするなど、この時代の新しい形式がみられます。
 
参考文献等出典:日本列島・伝統構法の旅:建築知識1998 2月号

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