米原 雲海

作者名(ヨミ)よねはら うんかい
作者名(英語)YONEHARA Unkai
生年(西暦)1869
没年(西暦)1925

略歴・解説

出雲国(現・島根県)に生まれた米原雲海は、大工の授業を積んだ後、京都や奈良の仏像に魅了されて彫刻を志した。1890(明治23)年に上京し、髙村光雲に入門。1895年に東京美術学校(現・東京藝術大学)助教授となるなど、早くから才覚を発揮し、山崎朝雲とともに「光雲門下の双璧」と称された。1900年のパリ万国博覧会にて褒状を受け、1903年の第5回内国勧業博覧会では一等賞を受賞。「星取り法」(比例コンパスを用いて原型から形態を転写する、西洋彫刻の古典技法)を初めて木彫に応用し、多くの彫刻家に影響を与えた。1907年には岡倉天心の指導の下、朝雲とともに日本彫刻会の結成に参加する一方、文展や帝展などの官展においても活躍し、その中心的な役割を担った。初期の精密で写実的な表現から展開して、後期には簡素なフォルムを志向し、滑稽味に富んだ作風へと到達した。

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