最後の晩餐
タイトル | 最後の晩餐 |
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タイトル(よみ) | さいごのばんさん |
制作年 | 1906-10年頃 |
サイズ | 257.8×101.1cm |
解説 | キリストがユダに裏切られる前に弟子たちととった、過越祭での最後の食事を描いたのが「最後の晩餐」です。ステンドグラスに描かれるテーマとしては大変作例が多く、そのスタイルも様々です。 当館ステンドグラス美術館で展示している《最後の晩餐》(アラン・バランタイン&ガーディナー工房)では中央のキリストを中心に12人の弟子が描かれ、ユダはイエスの反対側の端に描かれています。誰が見てもユダだとわかるようにイエスを売った銀貨の入った袋を持たせています。 フランスでもこの形が標準的ですが、それは中世から伝わる図像の原典が、主にマタイ、マルコ、ルカの共観福音書であるためです。つまり新約聖書の中でこの3つの福音書の内容には共通点が多く、ヨハネによる福音書のみが、別の視点から書かれていることが多いのです。 最後の晩餐についての記述も、少し違う部分があります。特にユダがイエスに「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と言われてパン切れを受け取って、すぐに出て行ったと書かれている部分は他の3つの福音書にはありません。そしてこの作品では去ったユダを暗示させるように空いた椅子が一つ描かれています。そのため、この作品では弟子は11人しか描かれていません。 ステンドグラスの場合、窓のスペースが限られるため初めから主要な弟子数名だけを描き、他の弟子を省略することもあり、また作品が数枚の窓に分割されて嵌められている場合も多いので、一概には言えませんが、あえて11人の弟子を描いていることでその意味がわかります。 この作品があったと思われるフランス、ローヌアルプ地方の教会には、同じようにヨハネによる福音書を原典として制作されたと思われる最後の晩餐が数点見られるため、地域による作品の傾向と言えるかもしれません。 通常、教会の窓に嵌められているステンドグラスに聖人や偉人、地方の名士、寄進者などが描かれる場合、その人物を特定できるように文字や持物、象徴などが描かれます。 しかし、祭壇に近い窓などでは現存する人の名前や作者のサインなどが、祈る人の対象になってはいけないという配慮から、文字が描かれない場合があります。 このステンドグラスでは、最後の晩餐の上には紋章パネル、下には人物の肖像画が描かれていますが、それが誰のものであるかの記述はありません。 そこで紋章から探っていくことになります。 この紋章の上部には三重冠、背後に金銀の鍵、十字のついたストラなどが見られるので、ローマ教皇紋章とわかります。そしてモットーと言われる信仰の姿勢を表す文字、希望と確かな信仰を表す錨、ダビデの星、聖マルコを表す有羽の獅子などから、第257代ローマ教皇ピウス10世(聖人)の紋章とわかります。 パネルの下に描かれている人物が聖ピウス10世です。 他の作品との関係を考えると、当時様々な改革を推し進めていたローマ教皇ピオ10世にたいする強い信頼と羨望が感じられます。(M.S) |
【 凡 例 】
本データベースは、公益財団法人似鳥文化財団が運営する小樽芸術村の収蔵作品の一部を公開するものです。
公開データは随時拡充いたします。
■データについて
作品サイズは[H=高さ(縦)×W=幅(横)×D=奥行き]の順に記載する。
■作品解説の執筆者について
末尾にイニシャルが記されていない解説文は、当館学芸員が執筆した。
末尾にイニシャルが記されている解説文の執筆者は、以下の通りである。
新明英仁(H.S)、苫名真(M.T)、志田政人(M.S)、蝦名未来(M.E)
■利用について
本データベース上のテキスト及び画像の無断転用・転載・加工等の行為を固く禁ずる。
©Copyright The Nitori Culture Foundation.All rights reserved.
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