大和田郷
| 資料ID | 3956 |
|---|---|
| 中分類 | 地名など |
| 小分類 | 地名 |
| 資料名 | 大和田郷 |
| 資料名(よみ) | おおわだごう |
| 解説 | 大和田カミ遺跡からは縄文・古墳・古代の遺跡が発見されており、鎌倉時代の正安3年(1301)に普光明寺で写経された『観経玄義分見聞集』には「大和田郷」と記されていることから、当時は国衙領としての郷であったことが伺えます。普光明寺や氷川神社が中心となり、柳瀬川右岸流域の大和田郷に人々が集まるようになったと考えられます。江戸時代になると、大和田は江戸と川越を結ぶ川越街道沿いに位置することから、柳瀬川を渡る人の宿場り、大名や役人等の荷物を運ぶ伝馬の継立ても行われます。明治時代には5日と10日の日が市の日としてにぎわい、明治36年(1903)頃には80軒ほどの店が建ち並んで、近隣からの買い物客でにぎわっていました。 |
| エリア | 大和田 |
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