片山富士

資料ID3793
中分類名所
小分類まつり
資料名片山富士
資料名(よみ)かたやまふじ
解説法臺寺(ほうだいじ)境内にある富士塚で、富士講の一つである丸吉講の人々によって天保年間に作られました。江戸時代から昭和初期にかけて、庶民の間で富士山を信仰する風習がありました。当時は限られた人しか富士山に登ることができなかったため、有志でお金を出し合い、代表者が富士山に登頂し浅間神社に参拝する「講」を結成します。この富士講が盛んになると、各地で富士塚が築かれ、富士塚に登ることで実際に富士山に登頂したのと同じご利益があるとされていました。旧新座郡にはこのように築かれた富士塚が7つあり、「新座七富士」とも呼ばれています。法臺寺の境内にある片山富士は、その中で最も古く、天保2年(1831)に丸吉講によって作られました。丸吉講は、旧中沢村出身の浅海吉右衛門という人が富士山登頂33回の大願成就を成し遂げた後に、富士山信仰を広めるために組織した富士講です。令和2年(2020)3月24日、市有形民俗文化財に指定。
エリア片山

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