満行寺

資料ID3692
中分類名所
小分類寺院
資料名満行寺
資料名(よみ)まんぎょうじ
解説八幡山満行寺は新義真言宗智山派の寺院で、石神井の三宝寺末でした。開基・開山・創建年代ともに不詳です。本尊は不動明王、脇侍二童子像。檀家は石神、野寺、栗原を中心に畑中や東久留米の方面にもあります。昭和50年(1975)代には、満行寺の檀家総代は3名で、世話人は8名となっており、いずれも旧家で経済力のある家が選ばれ、本人が辞退するまで努めました。続いて息子が引き継ぐ例も少なくありません。寺の行事として、1月1日の元旦護摩、5月4日の節供護摩、8月14日の施餓鬼、8月14-16日の棚経があります。『新編武蔵国風土記稿』によれば、野寺山弥陀院滝本坊と号し、十二天村にあって、七堂伽藍を誇り、30以上の末社と300もの僧坊があり、念誦の声が絶えなかったといいます。寺伝によれば、もとは現在の武野神社のある山上に、八幡神社と並んでありましたが、火災に遭い現在地に再建されたといいます。なお、戦前はこの境内に祀られている榛名山満行宮で雹祭りが行なわれていました。檀家とは関係なく、野寺のムラの行事として、雹が降らないようにと住職及び野寺の人々が祈願しました。群馬県の榛名神社の本社よりも御利益があり、野寺に榛名講がないのも雹祭りをするからそれでよいとしていたからだといいます。
エリア片山

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