上杉可諄(顕定)書状

よみうえすぎかじゅん(あきさだ)しょじょう
資料ID35502
コレクション名越後文書宝翰集
時代110
指定重要文化財
解説永正6年(1509)9月、関東管領の上杉顕定が、三条の要害が落城したならば大槻荘以下の所領を与えるとした文書。左右が裁断されていて宛所を欠くものの、毛利安田文書として伝来していることから、顕定から安田氏に宛てられたものとみられる。永正4年、守護代の長尾為景が守護の上杉房能を殺害して以降、上杉一族と長尾一族との争いが断続的に続き、同6年7月末に房能の腹違いの兄であった上杉顕定が越後に介入した。本文書はそれから間もなくして発給されたものである。

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