毛利安田道幸譲状

よみもうりやすだどうこうゆずりじょう
資料ID35479
コレクション名越後文書宝翰集
時代100
指定重要文化財
解説安田条の領地が安田道幸から朝広(憲朝)へ譲られたことを示す譲状。毛利氏は、鎌倉時代前期に相模国愛甲郡毛利荘(神奈川県)の地頭職を得た大江氏に出自をもつ一族で、越後の毛利氏は鎌倉時代中期頃に、毛利季光の三男経光が越後国佐橋荘南条(新潟県柏崎市)の地頭職を相伝して成立した。経光の長男基親は越後毛利氏の祖となり、四男毛利時親は安芸国吉田庄(広島県安芸高田市)の地頭となって毛利元就にもつながる安芸毛利氏の祖となる。この文書によると、道幸は朝広に対して、年貢以外の労働などについては、惣領である憲広の指示にしたがうように命じている。すなわち朝広は道幸の子ども達のなかで嫡子ではなかったことがわかる。

PageTop