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天久保遺跡

ヨミあまくぼいせき
所在地西海市西海町
天久保郷塔尾
緯度34.070833
経度129.67583300000001
地形台地
種別貝塚
時代縄文時代、弥生時代
指定その他
所蔵館長崎県立埋蔵文化財センター
説明 遺跡は、五島灘の面した小規模半島の基部にあたる。標高は40m~60mに達し、貝塚を構成する遺跡としては比較的高所にあたる。海岸までは600m足らずである。平成6年(1994)と平成7年(1995)に九州大学によって学術調査が行われた。その結果、遺跡は貝塚、支石墓群 2箇所、支石墓と箱式石棺で構成された墓地の 4箇所からなることが判明した。時期は縄文時代最終末に属する支石墓が最も古く、弥生中期まで営まれている事が確認された。縄文晩期に作られた支石墓には碧玉製の管玉が15個副葬され、韓半島からの渡来品とされている。このように初期段階の韓半島南部地域との交流の深さを物語る遺跡として貴重である。

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