長岡京跡出土 木簡

「むこうしの文化遺産」30 長岡京跡出土 木簡

資料名(ヨミ)「ムコウシノブンカイサン」30 ナガオカキョウアトシュツド モッカン
解説向日市指定文化財 向日市所蔵 522点 長岡京期

 長岡京跡の発掘調査で、はじめて木簡が出土したのは、昭和45年(1970)春、第3向陽小学校の建設予定地においてであった。その前の冬から、弥生時代の水路跡や人面付き壺形土器の発見で大ニュースになっていたのと同じ現場で引き続いて行われていた調査で、甕に括り付けられていた木札とみられる木簡が発見された。
 その後、向日丘陵から東にのびる段丘の、さらに東に拡がる水田地帯での住宅開発その他の開発が多くなる。それにつれ低湿地での発掘調査が増加してくると、地下水位が高く保存条件が好いことから、1970年代後半から80年にかけて、まとまった数の木簡の発見が相次ぐようになった。
 ことに鶏冠井町沢ノ東の調査では、SD1301と番号付けされた溝跡から、4次にわたる調査で約500点の木簡が出土した。太政官の下級役人が書いた飯など食糧の請求文書、各地からの税の荷札などで、木簡の分析によって税の収納の手続きなどとともに、付近に太政官厨家という役所の存在が判明した。
 新しく発見される古代の文字資料、木簡は、出土した場所や建物の役割を明らかにし、都で暮らす役人や庶民の生活実相をうかがうことができる貴重な資料である。
 昭和55年(1980)7月までに出土した536点のうち、京都府所蔵分14点を除く木簡が、向日市の文化財に指定されている。

(向日市文化資料館開館25周年記念特別展「むこうしの文化遺産―みぢかな歴史のモノがたり」図録より)
※平成21年(2009)10月31日発行

この資料に関連する資料

PageTop