石坂碑

都城市教育委員会文化財課

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石坂碑 附石坂大明神御奉牒版木

文化財番号SI-YM-002
大分類民俗文化財
中分類有形民俗文化財
小分類名信仰に用いられるもの
指定区分市指定
文化財名(ヨミ)イシザカヒ ツケタリイシザカダイミョウジンゴホウチョウフダハンギ
材質石(自然石)
制作者石坂牛之助
制作年(始)1650/08/22
時代区分1近世
時代区分2江戸
員数1
点数2
文化財状態見学可
受入区分私有
所蔵館・管理施設所有者
参考文献・報告書名都城市教育委員会文化財課『都城市の文化財』2014
参考URLhttps://www.city.miyakonojo.miyazaki.jp/site/bunkazai/3366.html
公開解説石坂牛之助という人物の墓と伝えられている。高さ102㎝の自然石で、中央に「〇心 〔 〕壽阿弥陀仏」、その右に「前石坂牛之助」、左に「慶安三天(1650)八月廿ニ日」と刻まれている。
石坂碑は、火伏の神として信仰されている。高城町内だけでなく、三股、山之口、高崎、野尻からも、各地区の「火事講」代表者が参詣し、「石坂大明神御奉牒札」を受け取って帰り、それを講に参加している人びとに配っている。
『御道中記』には「下ノ城より巽の方に慶長〔安〕三年七月廿二日 寿阿弥陀仏と云う石塔これ有り 石坂某と云う兵道者の塚にて俚人の詣で多く御座候」と記されており、江戸時代末期には石坂牛之助が修験の兵道者と伝えられ、その塚に多くの村人が参詣していたことがわかる。
石坂牛之助については、火災に遭うも、牛之助が泊まっていた宿だけが難を逃れたり、念力で火をつけたりといった逸話が伝わっている。石坂牛之助は火伏せの神として世に喧伝され、その塚とされる本碑が火伏信仰の対象となったと推測される。
備考指定年月日2011/01/07

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