走湯神社関係資料

文化財番号SI-K-012
大分類有形文化財
中分類美術工芸品
小分類名歴史資料
指定区分市指定
文化財名(ヨミ)ハシリユジンジャカンケイシリョウ
材質紙・木・石
制作者古文書:伊地知喜十郎
制作者役割写し
受取人(関連人物)古文書:石山村堂領門 一右衛門
時代区分1近世~近代
員数1
点数10
文化財状態見学不可
受入区分私有
所蔵館・管理施設所有者
参考文献・報告書名都城市教育委員会文化財課『都城市の文化財』2014
参考URLhttps://www.city.miyakonojo.miyazaki.jp/site/bunkazai/3407.html
備考指定年月日2010/08/24
公開解説高城町石山に鎮座する走湯神社には古文書や木造神像、石造物がある。
走湯神社は、南北朝時代、畠山直顕の重臣土肥実重が、山之口城の麓に伊豆走湯権現社の分霊を勧請し、走湯権現社を建立したことに由来する。その子孫が石山村長田に移り住み、以後は永田平四郎と称して、山之口の走湯権現社を勧請し、石山の地にも走湯神社と別当寺の千町寺を建立した。
古文書類として、堂領文書写と小箱が存在する。
堂領文書写は、文久2年(1862)年に高城郷の請持奉行である伊地知喜十郎が写し、石山村堂領門の市右衛門へ与えたものである。
社殿内には、木造男神坐像が2躯、木造女神坐像が1躯、計3躯の神像が安置されている。これらは墨書から万延元年(1860)に走湯神社が再興された際に奉納されたものと推察される。
境内には石造随身像2躯、庚申塔、手水鉢がある。
このような資料は、文書の伝来や神社・寺院の由緒、民間信仰の様子、廃仏毀釈の実態など、江戸時代中期から維新期における当地域の歴史を示している。
現所在(入力)高城町石山
現所在種別(入力)保管

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