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河上文書(河上家久着到状)

データ区分歴史
大分類文書・古書類
公開解説元亨4(1324)年9月、密告により鎌倉幕府打倒の計画が明るみになります。これは後醍醐天皇の倒幕未遂事件として広まり、幕府はその対応に追われました(正中の変)。この着到状は正中の変に関わる文書となります。
この着到状の花押は鎮西探題北条英時のもので、河上家久が博多の鎮西探題(九州全域を統括する広域行政機関)に馳せ参じたことが分かります。河上家久は、この着到状を保持することで、のちに恩賞や安堵を請求するときの根拠としました。
この文書は、事件が九州にも影響を与えていたことを今日に伝えています。

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