松前 徳広

人物名(ヨミ)マツマエ ノリヒロ
人物名(英語)Norihiro MATSUMAE
国籍日本
没地弘前

略歴・解説

天保15年(1844)、松前家16世、第12代藩主・松前昌広の長男として生まれます。昌広の隠居時には幼少であったことから、叔父に当たる松前崇広が家督を相続して藩主となり、慶應2年(1865)、松前崇広の死去に伴い、松前家18世、第14代藩主となります。

明治元年(1868)、箱館戦争で福山城・館城が陥落したため関内村(現在の八雲町熊石)より出帆し、津軽海峡を渡って弘前の薬王院で仮営するも、肺結核により死去。弘前藩主津軽家菩提寺の曹洞宗長勝寺に仮埋葬され、明治3年、菩提寺の法幢寺に改葬されました。

平成24年5月29日、弘前市教育委員会の発掘調査の際、松前徳広の仮埋葬墓の木槨が発見されています。中には櫛・縄・剃刀・和鋏・髪を包んだ和紙などが納められており、仮埋葬であっても、津軽弘前藩によって大名の格式にふさわしい葬送儀礼が行われていたことが明らかとなりました。

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