本能寺跡出土品

大分類美術工芸品
中分類考古資料
指定・登録番号市指考22
告示日R2.3.31
員数319点
時代区分室町
所在地中京区
所有者・保護団体京都市
説明文本能寺が六角小路(北)、四条坊門小路(南)、油小路(西)、西洞院大路(東)で囲まれた土地に天文14年(1534)に再建されてから、天正10年(1582)6月2日に明智光秀が織田信長を急襲した「本能寺の変」の廃棄物を始末するまでの一括資料群である。「能」の異体字を配した軒丸瓦や鳥衾を含む焼瓦や焼土、額に輪宝を飾る鬼瓦や、龍が表現された鬼瓦、横木で連ねられた法華経供養の卒塔婆など、室町時代から安土桃山時代の法華寺院の実態の一部を示すとともに、40年に満たない短期間のみ存続した本能寺に関して、検出した遺構から造営時の整地や「本能寺の変」の後始末に至る経過をたどることができる。また、16世紀中葉から末の考古遺物の年代を示す基準資料としても、「本能寺の変」を考古学的に裏付ける資料としても価値のある重要資料群である。

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