(資料群)下中太鼓台保存会 資料

資料群・作家名(ヨミ)しもなかたいこだいほぞんかいしりょう

略歴・解説

太鼓台の幕は、四本柱に張り巡らされるもので、神が休息するときに用いられるものといわれ、表面には魔除けのために、武者絵や伝説を題材にした絵、竜・虎・獅子・鷹等の鳥獣などが刺繍されることが多い。本資料にも、「竜宮城」・「俵藤太の百足退治」・「弁慶と三井寺の釣鐘」・「明智左馬助光春(秀満)の湖水渡り」と、琵琶湖に関わる説話で統一された四場面が、肉厚に刺繍されている。
本資料は、観音寺市植田町の加茂神社奉納太鼓台の一つ「下中太鼓台」の幕として、昭和58年から平成10年の秋の大祭まで、保存会の方々により16年間大切に使用されてきたが、元は同じ観音寺市の琴弾八幡宮奉納太鼓台七台(平成11年より8台)のうち、参号太鼓台「酒太鼓」(かつての酒屋町の太鼓台からの呼名)の幕として使用されていたものである。吊手部には「酒太鼓」の紋所である「井筒」があしらわれていて、それをものがたっている。参号太鼓台の太鼓蔵は、町内の白山神社境内にあるが、その内壁には明治41年(1908)に「掛布団」を新調したときの箱の墨書が残されており、この幕も同時かやや後れて作り揃えられたものといわれている。
ちなみに、同太鼓蔵には「金綱」が箱と共に残されており、その墨書に弘化二年(1845)とあることから、参号太鼓台の歴史は、少なくともそこまでさかのぼることが可能である。
観音寺や豊浜など三豊・観音寺地域の太鼓台は、近年どんどん豪華になってきているが、それに伴い、幕はほとんど四つに分割して一枚それぞれを四面に吊り下げるものになってきている。そのような風潮の中で、本資料は昔ながらの引き回し型で横長い一枚ものの幕が、今日まで受け継がれ使用されてきた例は貴重である。
観音寺市には、このような幕を作る金糸銀糸装飾刺繍の縫師や唐木・欄間彫刻の彫物大工、金具を鍛えた鍛冶師たちが、明治期からは確実に存在し、太鼓台を作りまた修理するという技術的な側面から祭礼を支えることが可能な地域であった。今なお太鼓台を運行することが盛んな祭りの中心地の一つに数えられる要素といえよう。
(香川県歴史博物館『収蔵資料目録 平成10年度』より、一部修正し転載)

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