(資料群)塩田家 資料(2)

資料群・作家名(ヨミ)しおたけしりょう(2)

略歴・解説

高松藩出身の儒学者・漢詩人である菊池五山(1769~1853)は、寛政9年(1797)江戸に出て、市河寛斎に詩を学び文壇を賑わした。「五山堂詩話」は五山の漢詩批評文である。その後、文政8年(1825)に家を継ぎ高松藩に仕えた。
本資料は、落款から弘化2年(1845)、五山七十七歳の時の筆と分かる。
「墨■堂」については、はっきりとしたことは不明である。
■の字は大漢和辞典の類に見えず、「僊」あるいは「仙」と通ずる字であろうか。江戸時代後期「墨仙堂」の号を用いた人に、紀伊国新宮藩の儒者湯川麑洞がいる。湯川麑洞は明治7年に60歳で没。弘化2年には31歳である。漢詩集「麑洞詩文集」などの著作があり、菊池五山の漢詩批評活動との関わりがあった可能性は否定できないが、現時点では不明である。
(香川県歴史博物館『収蔵資料目録 平成10年度』より、一部修正し転載)

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