しか

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名しか;志賀
+表記志賀
TitleShika
テキスト内容 ①滋賀県志賀。②福岡県志賀。①は万葉集には近江の志賀の山寺(1-114)と見え、ここは天智天皇の近江大津の宮が置かれた所である。壬申の乱で近江朝が滅亡した時に、柿本人麿は「楽浪の志賀の辛崎」(1-30)、「楽浪の志賀の大和田」(1-31)のように歌う。志賀に「楽浪(ささなみ)の」が枕詞として掛かるのは、琵琶湖のさざ波が打ち寄せる処であったという説もあるが、孝徳紀に「北は近江狭々波の合坂山より以来」と見えて地名とも考えられる。また、楽浪は「神楽浪」(2-154)、「神楽声浪」(7-1398)とあり、これに基づけば神楽囃子の声が「ササ」と発せられ、そこからササナミが成立したということになる。②は筑前の国の志賀島。金印が出土したという古地。万葉集では、塩を焼き藻を取る海人で知られる漁労の地で、ここの白水郎(海人)が友人に代わって公務を引き受けたが、海で遭難したとあり、妻子らが哀しみの歌を詠んだとして10首(16-3860~3869)の歌が載る。作者は、筑前国司であった山上憶良と思われる。
+執筆者辰巳正明
コンテンツ権利区分CC BY-NC
資料ID32022
-68586402009/07/06hoshino.seiji00DSG000412しか;志賀Shika ①滋賀県志賀。②福岡県志賀。①は万葉集には近江の志賀の山寺(1-114)と見え、ここは天智天皇の近江大津の宮が置かれた所である。壬申の乱で近江朝が滅亡した時に、柿本人麿は「楽浪の志賀の辛崎」(1-30)、「楽浪の志賀の大和田」(1-31)のように歌う。志賀に「楽浪(ささなみ)の」が枕詞として掛かるのは、琵琶湖のさざ波が打ち寄せる処であったという説もあるが、孝徳紀に「北は近江狭々波の合坂山より以来」と見えて地名とも考えられる。また、楽浪は「神楽浪」(2-154)、「神楽声浪」(7-1398)とあり、これに基づけば神楽囃子の声が「ササ」と発せられ、そこからササナミが成立したということになる。②は筑前の国の志賀島。金印が出土したという古地。万葉集では、塩を焼き藻を取る海人で知られる漁労の地で、ここの白水郎(海人)が友人に代わって公務を引き受けたが、海で遭難したとあり、妻子らが哀しみの歌を詠んだとして10首(16-3860~3869)の歌が載る。作者は、筑前国司であった山上憶良と思われる。413しか志賀辰巳正明し1

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