こはた

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名こはた;木旗
+表記木旗
TitleKohata
テキスト内容京都府宇治市の北部。大和から近江へと行く際の交通の要所となっていた。記には、応神天皇が宮主矢河枝比売と婚姻をし、宇遅能和紀郎子を産んだ地として「木幡村」が登場している。天皇と土地の女性との結婚を語ることで、天皇の支配がその地に及んでいることを示している。また、山城国風土記逸文には、宇治の郡にある、穀神と思われる天忍穂長根命を祀る「木幡社」(式内社「許波多神社」とされる)が登場する。万葉集では、倭姫大后が歌った天智天皇挽歌群の2首目(2-148)に、「青旗の木旗の上を」とある。これは天智天皇の病が重篤になった際の歌で、青い旗のように木々が生い茂る木幡の山の上を、行き来する天皇の魂ははっきりと見えるが、直接には会うことができない、と嘆いている。ただ、天皇の死後を詠んだようにもとれ、題詞とズレが生じるので、大和にいる倭姫大后のもとに天皇の霊が通う歌であるとする説もある。後者の説によると、木旗が、生と死が交錯する両義的な地として意識されていた可能性がある。
+執筆者倉住薫
-68541402009/07/06hoshino.seiji00DSG000367こはた;木旗Kohata京都府宇治市の北部。大和から近江へと行く際の交通の要所となっていた。記には、応神天皇が宮主矢河枝比売と婚姻をし、宇遅能和紀郎子を産んだ地として「木幡村」が登場している。天皇と土地の女性との結婚を語ることで、天皇の支配がその地に及んでいることを示している。また、山城国風土記逸文には、宇治の郡にある、穀神と思われる天忍穂長根命を祀る「木幡社」(式内社「許波多神社」とされる)が登場する。万葉集では、倭姫大后が歌った天智天皇挽歌群の2首目(2-148)に、「青旗の木旗の上を」とある。これは天智天皇の病が重篤になった際の歌で、青い旗のように木々が生い茂る木幡の山の上を、行き来する天皇の魂ははっきりと見えるが、直接には会うことができない、と嘆いている。ただ、天皇の死後を詠んだようにもとれ、題詞とズレが生じるので、大和にいる倭姫大后のもとに天皇の霊が通う歌であるとする説もある。後者の説によると、木旗が、生と死が交錯する両義的な地として意識されていた可能性がある。368こはた木旗倉住薫こ1
資料ID31977

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