豊原国周

TOYOHARA, Kunichika
1835-1900

作家略歴

浮世絵師。本名は荒川八十八。号は華蝶楼、豊春楼、一桃など。1846年、豊原周信に入門し、羽子板押絵の原図を制作する。48年頃、三代歌川豊国に入門。55年頃から一鶯斎国周の号で美人画などを制作する。69年、具足屋から役者大首絵シリーズを刊行。師である三代豊国や、国芳門下の歌川芳虎をしのぐ人気を獲得し、明治の役者絵師の第一人者となる。作風は一貫して江戸風を守りながらも、二枚続、三枚続の役者絵を描くなど新機軸も打ち出した。私生活では、100回を超える転居、妻を40数回変えたなどの奇行も伝えられる。月岡芳年、小林清親とともに明治浮世絵の三傑に数えられ、また、当時を代表する役者絵師として「明治の写楽」と評される。

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