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御申大権現庚申塔
名称ヨミ | オンサルダイゴンゲンコウシントウ |
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地域 | 大川目町 |
所在地 | 岩手県久慈市大川目町第25地割129-1 |
年代 | 江戸時代寛保2年11月吉日(1742) |
指定年月日 | 市・平成5年4月28日 |
解説 | 中国で伝わる道教の「守庚申」という行事が、平安時代に日本へ伝わり、仏教や神道が混交して「庚申待」という独特の民族的祭事になった。江戸時代に盛んに行われ、庶民の社交の場でもあった。 元来、長寿延命を祈願し、庚申にあたる日に一晩眠らずに過ごすのが庚申の行事であったが、後に信仰が広まるにつれて「豊作豊漁の神、火の神、病気平癒、道の神」などとして拝まれれようになった。「道祖神」と結びついて、「追分石」を兼ねて建てられたり、悪疫などを防ぐ「塞の神」と同じに部落のはずれなどに建てられたりした。 県内にある約5,000基の庚申塔のうち「御申大権現」と刻まれているのはこの石碑だけである。また、久慈市内には他地方にくらべて庚申塔が多いが、これらの中でも最古の庚申塔である。 文字が整った形でない上に自然石のひだが入り混じっており、磨滅している所もあって判読しにくいが、これを建てた農民たちの名も入っており、貴重な文化財である。 原位置は、現在位置から20mほど離れたところであったと言われていた。 銘文: (右側面) 新甼 久慈 切金 岩花 (正面)寛保二天 御申大権現 戌 十一月吉日 孫十郎 勝□□ 市 助 長重郎 長之助 右衛門 (左側面)施主 |
サンプルワード | 指定文化財 |