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小久慈焼窯業発祥之地(小久慈焼窯跡記念碑)
名称ヨミ | コクジヤキヨウギョウハッショウノチ(コクジヤキヨウセキキネンヒ) |
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地域 | 小久慈町 |
所在地 | 岩手県久慈市小久慈町第14地割1 熊谷宅前 |
年代 | 昭和49年1月13日(1974) |
解説 | (正面) 小久慈焼 窯業発祥之地 岩手県会議員 岩城惣一郎 (背面) 民芸小久慈焼は 岩手県の代表的焼物として全国に有名、廣く海外 にも輸出され、多くの人々から親しまれている、 小久慈焼の起源は今から約百七十年前にさかのぼる 初代の技師は熊谷甚二門と伝えられ相馬の陶工 師に師事してその技術を習得した。 釉薬は地元からとれる粘土をもとに「小久慈焼」 特有の上薬をつくり出し、その釉味が八戸藩主に 認められ、八戸藩の御用窯として、茶碗、皿、かたく ち、つぼ、等をつくった。 この上薬をその素朴さを伝統的に今日まで受け継 ぎ、現在でも昔ながらの「ろくろ」を使って手作 りされている。 しかし伝統ある「小久慈焼」も後継者にめぐま れず、この事態を憂慮した当時の 長内町長 岩城惣一郎は町貴をもって、下嶽毅 四役松男 を 選抜、山形県立工業試験場に派遣して勉強せしめ た。 この記念碑は「小久慈焼」発祥の地を後世に 残すため建立したものである 昭和十九年十一月三日建立 民芸 小久慈焼 協同組合 理事長 下嶽毅 副理事長 四役松男 建立協力者 岩瀬張建設 社長 岩瀬張喜市 石工 樋口正雄 |