海老原喜之助

作者名(ヨミ)えびはら きのすけ
作者名(英語)EBIHARA Kinosuke
出身地鹿児島
没地パリ(フランス)
生年月日(西暦)1904
没年月日(西暦)1970

略歴・解説

中学の同級生である吉井淳二と競うように絵を描く。1923年、日本での美術教育を受けずに18歳で渡仏。藤田嗣治の文化サークルに加わり、藤田と生涯にわたる師弟関係を築く。1927年、パリの画商ロッシェと専属契約を結ぶ。雪原風景を鮮やかな青と白で描いた作品が評価を得るも、世界恐慌のあおりを受け1933年に帰国。1935年、独立美術協会の会員となり、同年の第5回独立展に出品した《曲馬》が美術界にインパクトを与えた。1945年から拠点を熊本に移し、南日本美術展の創設や海老原美術研究所の立ち上げなど、九州の美術振興に積極的に関わる。《船を造る人》(1954年)、《燃える》(1955年)など明確な輪郭線と鮮烈な色彩で同時代の社会のエネルギーや郷土の記憶などを造型化した作品は、地元の若い画家たちに大きな影響を与えた。

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