庫田叕

作者名(ヨミ)くらた てつ
作者名(英語)KURATA Tetsu
出身地福津(福岡)
没地東京
生年月日(西暦)1907
没年月日(西暦)1944

略歴・解説

本名は哲介、叕は1935年の個展を機に再出発を期して使い始めたペンネーム。宗像中学を肺結核のため4年で中退、関東大震災後大阪で開催された二科展を見て、画家を志しそのまま上京、川端画学校で学ぶ。詩人草野心平、高村光太郎を始め、梅原龍三郎、児島善三郎、青山義雄、香月泰男といった画家、画商の福島繁太郎など、交友関係は広く、とくに梅原を生涯の師と慕った。1929年の第16回二科展に初入選。二科展出品は第19回展までで、その後は個展を中心に発表。さらに1937年からは、梅原の勧めで国画会展をおもな作品発表の場とした。1952年より肺結核が悪化するが、1956年中村天風との出会いにより克服。1960年に渡欧、ローマを拠点に取材し、「日本の心への回帰」を自覚したという。1972年から2年間、東京藝術大学教授を務めた。

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