ミモザその他
| 作者 | 児島善三郎 こじま ぜんざぶろう |
|---|---|
| 制作年 | 1957年 |
| 技法・材質 | 油彩・カンヴァス |
| 寸法(縦×横・cm) | 91.2×73.1 |
開館時間:10:00 - 17:00 (入館は16:30まで)
※詳細は開館カレンダーをご覧ください。
〒839-0862 福岡県久留米市野中町1015

開館時間:10:00 - 17:00 (入館は16:30まで)
| 作者 | 児島善三郎 こじま ぜんざぶろう |
|---|---|
| 制作年 | 1957年 |
| 技法・材質 | 油彩・カンヴァス |
| 寸法(縦×横・cm) | 91.2×73.1 |
開館時間:10:00 - 17:00 (入館は16:30まで)
| 作者名(ヨミ) | こじま ぜんざぶろう |
|---|---|
| 作者名(英語) | KOJIMA Zenzaburo |
| 出身地 | 福岡 |
| 没地 | 千葉 |
| 生年月日(西暦) | 1893 |
| 没年月日(西暦) | 1962 |
| 略歴・解説 | 県立中学修猷館に入学し、絵画同好会「パレット会」を作る。のち画家を目指して上京。本郷洋画研究所に2か月ほど在籍するほかは、独学で絵を学んだ。1915年には肺を病み、故郷で5年間の療養生活を送る。1925年からの3年半にわたる滞欧では、西洋美術の伝統的な構図法、油彩技法などを熱心に研究した。二科会の期待の若手と考えられていたが、帰国後は1930年に里見勝蔵、林重義らとともに二科会を離脱して独立美術協会を創立。以降は同会での発表を中心に活動する。滞欧中より裸婦像を多く描く。のち、1936年以降に国分寺に転居して以降は風景画へと関心を移す。1951年に荻窪に転居する頃から、持病である肺の病に苦しめられながらも、花瓶に生けた花の絵を次々に描くなど制作への意欲を燃やし続け、量感の表現と装飾性を両立させた様式へと到達した |