略歴・解説
農家の父常五郎の長男。刈羽村刈羽尋常小学校を終え近在の漢学塾に学ぶ。15歳で刈羽小学校の代用教員となり、20年間刈羽村の子弟教育に励み、大正6年国語漢文検定に合格。前橋中学校(現群馬県立前橋高等学校)に就職。その後、柏崎高等女学校に15年間勤め昭和9年54歳で退職するが、10年間は乞われるままに女学校の嘱託となる。短歌と日本画は好きだからこそ手を緩めず精進する。絵は郷土を題材に春の米山・黒姫を求めに応じ描き、秋の山水は趣ある南画調が得意で、沢山の作品を残す。主著に『良寛と貞心尼の遺稿』、『回顧九十年・日記と歌』、歌集『あら草』、郷土史『刈羽村誌』編纂などがある。昭和41年多くの業績から名誉村民となる。