原弘

作者名(よみ)はら・ひろむ
生年(西暦)1903
没年(西暦)1986

略歴・解説

1903年、長野県飯田市に生まれる。1918年、東京府立工芸学校(現・東京都立工芸高等学校)印刷科入学。1921年、同校を卒業し、製版印刷科の助手となる。「世界大戦ポスター展覧会」(東京朝日新聞社)を見学し、欧米のポスター表現に興味を抱く。1925年、村山知義らの三科会公募展に出品。1928年、造型美術家協会に参加。1929年、結成された日本プロレタリア美術家同盟の中央委員となる。1930年、花王石鹸パッケージデザインの指名コンペに参加、試案が採用される。1933年、写真家・名取洋之助が設立した日本工房に参加。翌年に日本工房を木村伊兵衛らと脱退し、中央工房を結成。1937年、帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)図案工芸科講師*〜1940年。パリ万国博覧会の写真壁画の構成を手がける。1941年、東方社の美術部責任者となり、翌年から対外宣伝グラフ誌『FRONT』等のエディトリアルデザインに従事。1947年、造形美術学園(現・武蔵野美術大学)教授。1951年、日本宣伝美術協会の設立に参加、中央委員となる。1952年、国立近代美術館が開館し、以降、同館の展覧会ポスターを手がける*〜1970年。1953年、日本デザイン学会の設立に参加。1955年、「グラフィック’55-今日の商業デザイン」(日本橋・高島屋)。1959年、雑誌『グラフィックデザイン』創刊に参加。日本デザインセンターの創立に参加し、取締役に就任。1960年、世界デザイン会議に副委員長として参加。オリンピック東京大会組織委員会デザイン懇親会に参加し、のちに公式招待状や入場券等の制作を担当する。1961年、東京アートディレクターズクラブ(東京ADC)に参加。第7回毎日産業デザイン賞受賞。1966年、札幌オリンピック冬季大会デザイン委員。1971年に紫綬褒章、1978年に勲四等旭日章を受章。1986年、逝去(享年82)。1988年、東京ADC「原弘賞」制定。1996年、個展(飯田市美術博物館)。2001年、個展(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)。2012年、「原弘と東京国立近代美術館 デザインワークを通してみえてくるもの」(東京国立近代美術館)。【2024年5月作成】

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