山田光春

作者名(よみ)やまだ・こうしゅん
生年(西暦)1912
没年(西暦)1981

略歴・解説

1912年、愛知県西加茂郡小原村に生まれる。1931年、愛知県第一師範学校(後身校:愛知教育大学)卒業。1934年、東京美術学校図画師範科卒業。短期現役兵として服務後、宮崎県の尋常高等小学校などの教員として赴任。宮崎美術協会創立に参加し、第1回展に出品。瑛九との交友が始まる。1936年、愛知県立刈谷高等女学校(現:刈谷北高等学校)、刈谷町小高原尋常小学校(現:小高原小学校)に赴任し、刈谷に滞在(1936.5~1937.7頃まで)。1937年、第1回自由美術家協会展にガラス絵を出品し、協会賞受賞。会友に推挙。鳴海高等尋常小学校に赴任。以後、県内の中学校や高校の教諭を歴任する。1940年、美術創作家協会(自由美術家協会の改称)会員。1941年、個展(名古屋丸善画廊)。1946年、愛知県美術教育協会を創立し、副委員長となる。1947年、中部自由美術協会を創立。1949年、肺結核の療養のため約2年間休業。1952年、久保貞次郎を中心に創造美育協会が創立し、愛知支部長となる。1956年、安藤幹衛らと編集した『よい絵よくない絵』(黎明書房)出版。1958年、愛知県立女子大学助教授(1965年教授)。1964年、自由美術協会を退会。主体美術協会の創立に参加し、会員となる。1966年、瑛九を研究するため、美術評論家の瀧口修造らと瑛九の会を結成。1974年、『藤井達吉の生涯』(風媒社)を出版。1976年、『瑛九-評伝と作品』(青龍洞)出版。1978年、大垣女子短期大学教授。1981年、逝去。1982年、遺作展(名古屋市博物館)。2015年、個展(名古屋画廊)。【2016年3月作成】

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