岩田専太郎

作者名(よみ)いわた・せんたろう
生年(西暦)1901
没年(西暦)1974

略歴・解説

1901年、現在の東京都台東区に生まれる。1914年、小学校卒業後、京都に転居。図案家、日本画家、印刷図案家の順に弟子入りしてはやめる。日本画家・菊池契月塾に通う。1919年、東京へ戻り、『講談雑誌』を発行する博文館の挿絵画家に採用される。1920年、『講談雑誌』3月号に挿絵を描いてデビュー、以後、『講談雑誌』や同社発行『文芸倶楽部』を中心に次々と挿絵を描いていく。この頃、伊東深水に師事。1924年、大阪の広告出版社プラトン社が創刊した雑誌『苦楽』の挿絵画家となる。1926年、吉川英治「鳴門秘帖」(大阪毎日新聞)の挿絵で、一流挿絵画家としての地位を獲得する。1945年、陸軍報道部の命で日本画の大作「神風特攻隊基地出発」を制作。1946年、戦後の出版ブームに乗り、挿絵の依頼が殺到。1948年、出版美術家連盟(現・日本出版美術家連盟)が発足し、初代理事長。1954年、挿絵の功績により、第2回菊池寛賞受賞。1961年、『週刊読売』にエッセイを連載(64年に連載をまとめた『溺女伝』刊行)。紫綬褒章受章。1964年、個展-現代女性風俗画展(日本橋三越,~72年まで毎年開催)。1967年、「私の履歴書」を『日本経済新聞』に連載。1972年、個展-木枯らし紋次郎挿絵展(銀座三越)。『わが半生の記』刊行。1974年、逝去。2006年、個展-粋と妖艶-華麗なる流線美(弥生美術館,東京)。『岩田専太郎 挿絵画壇の鬼才』(河出書房新社)刊行。2009年、岩田専太郎の作品を常設する「金土日館」(東京)開館。【2016年3月作成】

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