西王母
| 作品名(ヨミ) | セイオウボ |
|---|---|
| 作品名(総称) | 西王母 |
| 作家 | 新納忠之介 ニイロチュウノスケ |
| 制作年(西暦) | 1949 |
| 材質・形状・技法 | 木・着彩 |
| 形状(縦・高さ)cm | 48.7 |
| 形状(横)cm | 30.4 |
| 形状(奥行き)cm | 24.1 |
| 美術館分類コード | S-138-002 |
| 作品解説 | 新納忠之介は日本古美術品の保存修復の仕事に取り組み、日本古美術保存関係の要職を歴任した。その間、全国の国宝多数を含む神仏像2041体を修復した。この木彫彩色像の制作年代は不詳だが、おそらく仏像修理の多忙な間をぬって作られたものであろう。台座とも高さ50cmほどの小像であるが、均整のとれた伸びやかな姿態、美しいまゆ、豊かなほお、切れ長の目、神経の行き届いた衣紋の刻線に沿って克明に施された鮮やかな色彩は、古代中国の伝説中の女神の姿を、如実に表現して余すところがない。 中国の神話上の女神、西王母の姿が木彫に極彩色(ごくさいしき)で表現され、豊かな表情や異国情緒あふれる衣装、裳裾(もすそ)の流麗さから、技量の確かさ、発想の新鮮さを感じさせる新納の模刻ではない創作作品である。西王母は周(しゅう)の穆王(ぼくおう)が天下周遊の途中、宴を共にした美人とされ、穆王は帰ることを忘れたという。後に神仙思想と結びつき、不老不死の仙女としてあがめられた。手に持つ桃は西王母の園に三千年に一度実を結ぶと言われる不老不死の妙薬である。漢の武帝が長寿を願った時、西王母が天上から舞い降り、仙桃七つを帝に与えたといわれる。道教では人々の運命を司る神、また民間信仰では子授けの神とされている。 台座の裏には「日本雕人 新納古拙 年八十二作 昭和二十四年春」(「雕」には「彫」の意味があり、日本の神像・仏像の修復に生涯を捧げた新納の誇りを感じ取ることができる。)と記されている。この昭和24年11月には、50年もの間連れ添った妻が逝去し、新納自身も5年後の昭和29年、春4月に永眠している。本像は新納忠之介、最後のオリジナル彫刻と思われる作品である。(H25年度小企画展「石彫・木彫の美」解説キャプションとして作成) |