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中世石巻の三大領主

テーマ名中世石巻の三大領主
分類1歴史
分類2中世
解説文治5年(1189)の奥州合戦で、源頼朝(みなもとのよりとも)は関東の御家人(ごけにん)を率いて奥州藤原氏を攻め滅ぼしました。
奥州藤原氏の領地は、鎌倉幕府の御家人に分け与えられることになり、現在の石巻地域は葛西氏(かさいし)・長江氏(ながえし)・山内首藤氏(やまのうちすどうし)の三人の御家人たちが領有しました。
奥州総奉行に任命された葛西氏は牡鹿郡を、深谷保(ふかやのほ)地頭職(じとうしき)に任命された長江氏は深谷保(現在の東松島市や旧河南町)を、桃生郡地頭職に任命された山内首藤氏は桃生郡(旧河北町、桃生町、雄勝町、北上町)をそれぞれ治めました。
葛西氏は鎌倉にいながら牡鹿郡を治めていましたが、南北朝時代に牡鹿郡に下向(げこう)します。
その後、戦国時代にかけて葛西氏は伊達氏(だてし)と結びつつ、山内首藤氏を滅ぼすなど勢力を伸ばしました。
しかし、天正18年(1590)に行われた豊臣秀吉による奥州仕置(おうしゅうしおき)で葛西氏は領地を没収されてしまいました。
葛西・大崎一揆を経て、葛西氏は仙台藩の家臣になり存続しました。
なお、長江氏は伊達政宗に制圧され、長江氏の一族の三分一所氏(さんぶいっしょし)が仙台藩の家臣になっています。
課題1三大領主にまつわる資料を見てみる

石巻市博物館の常設展示室では、三大領主と関連する資料を展示しています。
課題2三大領主に関する史跡を訪ねてみる

中世城館や板碑など、様々な史跡が石巻に点在しています。石巻市博物館に史跡地図がありますので確認してみましょう。

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