いきゃびき節

大分類芸能・娯楽
公開解説一、みきゃじきぬゆるや いきゃびきぬ しゅどうき いきゃび きぬしゅどうき
アマチキトントン クマチキトントン
うとぅんじゃまそろてぃふねぃやくぎいじゃち

ニ、つぃきやめーなんかかてぃ くむやながながとぅ くむやな がながとぅ
あがれんとーむこてぃいきゃびきしりば

三、ながれしゅなんひかされてぃ あがれんとぅちうむぇば あがれんとぅちうむえば
アマチキトントン クマチキトントン
イラブドゥにひきゃされぃてぃ

四、えらぶくんぎゃんさきぬなみぬたかさ ふねぃよくげくげうなりのむぇ

五、ふねぃのかみしむなんかけてい もうりゅんみかみ まはいかぜぃたぼりてぃしぃりうがま

六、きばてぃくげくげうなりのむぇ むこうなみえるはなやいんたぶさき

七、かぜぃやまはいどくげくげうなりのむぇ くまなてぃきろしたりばはじどぅうなりのむぇ

八、あがれしらじらとぅうんのーどぅまりむこてい てぃだぬうしゃがりやうんのーどぃまりくぎちぃきてい

いきゃびき節(共通語訳)
一、三日月の夜はイカを釣るのにはちょうどいい夜だ。 兄妹そろって船をこぎだした。
二、月が前の山にかかり、雲もだんだんと出てきた。 東のほうに向かってイカ釣りをしていたんだが。
三、いつの間にか、潮に流されて、イラブドゥというところに引き込まれそうになった。
四、沖永良部の国頭崎にあたった荒波に行き会うと大変なことになる。そうならないためには妹よ、一生懸命こいでくれ。
五、船の上下にいる神様、どうか南風を吹かせてください。
六、妹よ、頑張って漕いでくれ、あそこに見えるのは犬田布岬だよ。
七、神様への祈りが聞いたのか、南風が吹いてきたぞ。ここで力尽きたなら恥だぞ妹よ。
八、面縄港に向かっている頃、夜が明けて空が白みがかってきた。 太陽が昇るころには面縄港にこぎ付くことができた。

【曲目解説】
この唄の特徴は、完全な物語として歌詞が構成されている点にある。これを男と女の掛け合によって唄い継がれ、遭難当時の緊迫感が表現される。
タイトルの烏賊曳きはとは名ばかりで、唄い出しからイラブドー(沖永良部島北側洋上にある海の墓場)が登場するので遭難記として性格が強い。イラブドーに舟が流れついてしまい、妹(ウナリ神)の航海安全を加護する特別な力を借りて、難を逃れる様子が唄われていると解釈される。
(松山光秀 1998「徳之島民謡にみる「物語性」について-掛け合い唄の中にも物語がある‐」 『徳之島郷土研究会報』徳之島郷土研究会第 23号)
さらに、日本民謡大観には1965年に徳之島町井之川の松本米島(1891年生)によって長雲節(烏賊曳き)として集譜されている。井之川では〈いきゃ曳節〉(烏賊釣りの作業歌)とも呼ばれ、大島の〈長雲節〉のことを指すといわれている。両者の歌詞はabbcdd(日本民謡大観参照)の反復形が共通し、旋律の印章も似ている。仕事唄が、遊び歌の源流の一つであった可能性を示唆するものである。【小川:1973】との報告がある。(日本民謡大観 奄美諸島編1993年、日本放送出版協会)
また、ひとつ付け加えるとするならば、この唄の歌詞について故春井秋良氏からこんな話を聞いている。いつの頃だか時代は聞かなかったが、この唄を井之川の古老数名から聞き集め、その歌詞を再編し、現在の唄として伝えているということであった。(調査者)
公開解説引用文化遺産を活かした地域活性化事業報告書

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