猿神退治一勇者援助型

大分類伝承
公開解説 昔々の話だそうな。三人兄弟のうち上のふたりは、チャンとした仕事に就いていてそれぞれ立派に暮らしを立てていたので親たちも安心していたが、末っ子の弟は年頃になっても仕事に就こうともしないばかりか、両親の言いつけもきかず、やることと言えば、剣術や柔術のまねごとばかりで、あとは寝たり起きたりのだらしない毎日を送っていたそうな。そんな調子だったから、しまいには親たちもたまりかねて、彼を呼びつけ、「ミィターヤムゥルチャントゥ シュムン (兄たちはみんなチャンとしているのに) ヌーナティウラダケ シカシカサーラン(何故お前だけはしっかりできないのか)」と、きびしくしつけるようになったそうな。それでも、弟の方は反省するような様子もなく、かえって、親たちに反抗するようになったので、親たちの小言も次第に多くなり、いつも家の中には険悪な空気が漂っていたそうな。心配した兄たち二人は、両親に向かって「ウリタ アンマリキビ シチ キルギリ (あなたたちあんまりきびしくすると)アリガ 短気レ命ドゥ(あれの短気は命を) ハンナギ ルンガ ラクカラシガ (捨てるかもわからないが) ウニンヤデンナギド ヤー(その時はと りかえしはつかんよ)」と、注意したが、親たちは「アリヤ グ クマタームン(そうしても よいやつ)。ウンテガ ウームンガリ(お前たちふたりがおるんだから)」と、なかば弟のことは諦めていたそうな。家にいてもおもしろくなかった弟は、ついに家を出て行ってしまったそうな。そして、ある山道を上の方へ、上の方へと登って行きおったら、突然、目の前へ山猪が飛び出してきたそうな。とっさに、ふところから短筒を取り出してしとめたそうな。ところが、倒れた山猪をよく見ると彼よりも先に、その山猪の急所へ玉がうち込まれていることに気付いたそうな。それで、所有権が自分にないことがわかったので山猪をその場において、また山道を登りはじめたそうな。すると、前方から年の頃五、六十にもなろうかと思われるひとりの狩人が鉄砲を片手にかけおりて来て、「ナァウンナティ (たった今そこで) ヤマシンキャイキョラダ ティセI(山猪と行き会わなかったか)」と聞いたそうな。「エェアタダン(突然)ヤマシヌイジティ (山猪が出て)キュムンナティ(きたか ら)ワンガ(わしが)短筒シ イッキタグラッチ(短筒で射止めて)道ンナ オーラチアン (道に倒してある)」 と、答えたら、つづけざまに「ウラヤ(お前は)マタヌーナティ (何故)カシュントロカラ (このような所から) アッチュンガ (歩いているのか)」と聞かれたので、実はこうこうしかじか、家を出て来たので、「カッシュン 山道ナン アモリトゥンクケダレン(このような山道を放浪しているわけです)」と、言ったそうな。それならばわしを手伝ってくれ、と頼まれたので狩人のあとからついていったそうな。そして、ふたりで山猪の足をしばり、棒をとおしてそれ をかつぐと、得意顔の狩人を先に下の村へかけおりて行ったそうな。ところで、狩人の住まいは予想もできなかったほどの立派な門構えの、お城のような所だったそうな。そして、そこには島一番と言われる狩人のきれいなひとり娘と、これもまた娘に劣らず上品な奥方様とが待っていたそうな。実は、狩人は仮りの姿で、実際にはその村の里主だったそうな。その晩のこと。山猪料理を食べながら、いろいろ話し合っているうちに、里主は、山の中を放浪していた男が並々ならぬ人物であることを見込んだそ うな。そんなわけで、そこの婿養子になり、幸福な毎日を送ることになった。ところが、二、三か月も過ぎたある日のこと、村では大変な事件が起きたそうな。と言うのは、村上の森に住まう悪神から「今年も例年どおり、人身御供をくれ」とのお告げがあったからなのだそうな。悪神のたたりを恐れた村人たちは、既に幾人かの仲間を人身御供に差し出したのに、こう毎年請求されたのでは、しまいに村人が絶えてしまう、あまりにもひどいと思いながらも、ただ恐れおののいているだけで、だれひとりとして、それを拒もうという勇気の者はいなかったそうな。そんな状態だったから、人身御供を決める時には村中の老若男女がひとりもれなく集められ、否応なしにクジビキを引かされたそうな。つまり、クジに当たった人が、村人を代表して人身御供に立たされたそうな。運悪くもその年のクジは、里主が引き当てたそうな。そして、何日の午前三時と、時間までも決められていたので、わずかな残り時間しかなかったのだが、奥方様をはじめ村人たちまでもが、一日を百日の思いで悲しんだ。それほど、つらく深い悲しみにうちのめされていたのだそうな。いよいよ、差し出される瞬間になってからのこと、今まで黙っていた婿養子が“里主の代わりにわしが行くから準備をしてくれいと、立ち上がったそうな。そして、周囲の人々へはものを言う間もあたえず、さっさと身支度を整えると、堂々たる足どりで悪神の住まう森をめざして進んで行った。それにつられるように、村人たちもぞろぞろとついて行ったそうな。森につくと間もなく、村中の人々が出し合ってつくったごちそうが婿養子の前に運ばれたそうな。それは、人身御供になる人へ与えられる別れのごちそうだったそうで、この世のある限りの品品が使われた贅沢な料理だったが、いまだかつて、このごちそうに手をつけた者はひとりもいなかったそうな。けれども婿養子だけは「悪神といえども生身の人間を引き裂いて食べるとは・・・。そんな馬鹿なことはあり得ない。きっと、悪神の正 体をあばいてやるから安心なさって待っていてください」と言いながら、出されたごちそうをみるみるうちにたいらげてしまったそうな。いつの間にか陽も落ち、夜も深まったそうな。時間が迫るにつれて村人たちはひとり消えふたり消えして、とうとう ひとりもいなくなったそうな。そして、不気味な静寂の中で、やがて、夜中の三時頃になったそうな。すると、どこからともなく、深く口の裂けた大きな狼とお化け猿とが現れ、まず、狼が低いうなり声を立てながら襲いかかってきたそうな。剣術好きがもとで親に勘当されたぐらいだから婿養子の腕は確かなもので、一刀で狼の巨体を両断していたそうな。今度は、お化け猿が「わしが食い殺してやる」と、人間のことばを発しながら飛びかかってきたので、相手の馬鹿力をうまく利用して、投げ飛ばしたそうな。いやというほどきつく地面にたたきつけられたお化け猿は、けむくじゃらの両足をぴくぴくけいれんさせながら完全にのびてしまったそうな。すかさず、婿養子 は用意してあった縄で、かたわらの大きな木にお化け猿をしばりつけておいて、鐘を打ちならし、村中の人々を呼び寄せたそうな。悪神の正体を知った村人たちは、お化け猿も狼同様切り殺せと騒ぎだしたが、第二の悪神の出現を防ぐためには、人間世界の怖さをけもの仲間に知らせるものがいなければいけないということで、このお化け
猿は放されることになったそうな。そういうことがあってから、けものたちは人里近く現れなくなったそうな。それもみな、婿養子のような腕ききがきてくれたおかげだと、村人たちから喜ばれたそうな。グワサンヴェ(それくらい)。
公開解説引用日本昔話通観(1980年発行株式会社 同朋舎出版) 357 ページ 小川 学夫氏所蔵

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