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【町指定】恩納城跡(面縄按司城跡)

大分類遺跡
所在地大島郡伊仙町面縄
公開解説【町指定文化財】

(町指定台帳引用文)
上面縄生活館より北北西へ1.5キロメートルの山手、個人所有地に按司城があったといわれている。通称ウガンウスジと言っているところである。按司城遺跡は中世の琉球列島には数が多く、当時においては百ヵ所を越える数であったと言われている。面縄按司城遺跡は中世初期の戦乱時代の跡と見られ、生活の条件など度外視した険しい自然の断崖が利用されている典型的な戦闘用の城跡であると考えられている。この城跡は石積らしい跡もとどめなく、周辺に鍛冶跡、調馬跡と考えられる馬ハラシ道、外敵を遠見した石、水を溜めた按司グリムなどがある。町内には按司遺跡であったといい伝えられているところは、喜念前間の按司が立てこもったと言われる按司城が、喜念北部の海抜232メートルの高台にあり、この遺跡からは土器の出土をともなうことで知られている。このほか目手久の東迫(あがれん)、深迫(ふかそう)伊仙のイシャンダリの森、東阿三の按司城、阿権のアマングスク、東犬田布の明眼の森などがある。明眼の森には、古い石積みとみられる素朴な積み石や祭紀の跡が見られるが、その他の遺跡は石垣などはほとんど見られない。石垣の技法など石の加工技術が入っていないのが、中世遺跡の特徴と言われている。

所在地   伊仙町面縄
指定年月日 昭和53年2月23日

(近年の調査成果)
平成30年度から恩納城跡の記録保存調査および周辺踏査を行なっている。その結果、柱穴遺構、焼土遺構、竪穴遺構、東西丘陵に伴う石垣、石灰岩砂利敷遺構などが確認され、大量の中国産青磁と少量のカムィヤキ、白磁、褐釉陶器などが出土した。現在、調査継続中である。
公開解説引用文化財指定台帳
泉義正 『伊仙町の民俗文化-泉義正遺稿集-』
仲松弥秀 1984「徳之島探訪-特に伊仙町域」『徳之島調査報告書(1)-地域研究シリーズNo.6』 沖縄国際大学南島文化研究所

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