紀伊国伊都郡兄井村内紀ノ川川除修繕文書・笠田庄宝来山大明神番頭講譲券
名称ふりがな | きいのくにいとぐんあにいむらないきのかわかわよけしゅうぜんもんじょ かせだのしょうほうらいさんだいみょうじんばんとうこうゆずりけん |
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大分類 | 古文書 |
員数 | 54冊 1通 |
材質 | 紙本墨書 |
法量まとめ | ②縦35.3 横90.8 |
時代 | 江戸~近代 |
世紀 | 18-19 |
寄贈・寄託者名 | 和歌山県立博物館 |
解説 | 前者は、紀ノ川の大水によって破損した兄井村領内にあった川除堤防の修繕に際して、周辺の村々(兄井・渋田・寺尾・平沼田・三谷・丁ノ町・端場)から出た人夫に支払われた人夫賃を記した通いで、兄井村の川除修繕の取りまとめ役を務めていた望月家に残されていた文書ではないかと考えられる。後者は、慶長19年(1614)に笠田庄民の力を結集して宝来山神社本殿を造営した、東村の是吉に関する由緒を記したうえで、7か村の有力者で構成する番頭講の講人たちが、番頭講の特権的性格が揺らいできた幕末に、東村の佐野吉次郎のもとに再結集し、番頭講の再編を図ろうとして作成されたものではないかと考えられる。 |