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「乍恐謹而言上」(高野山修行聖惣中訴状)
| 名称ふりがな | おそれながらつつしんでごんじょうす |
|---|---|
| 大分類 | 古文書 |
| 員数 | 1通 |
| 作者 | 高野山修行聖惣中 |
| 材質 | 紙本墨書 |
| 付属品 | 桐箱・紙たとう箱 |
| 法量まとめ | 縦32.7 横174.8 |
| 時代 | 江戸 |
| 世紀 | 17 |
| 時期 | 前期 |
| 元号 | 寛文11 |
| 西暦 | 1671 |
| 寄贈・寄託者名 | 和歌山県立博物館 |
| 解説 | 室町時代以来、高野山中では学侶と行人の争いが生じていたが、江戸時代に入るとその抗争は一段と激しくなった。江戸幕府の介入により、元禄5年(1692)に学侶方に有利な裁定がなされ、強制的に行人方の僧が処断されるが(「元禄高野聖断」)、それまでは両者から幕府に対して繰り返し訴訟が起こされている。この資料は、修行聖(行人)方から幕府の寺社奉行(小笠原山城守長頼・本田長門守忠利・戸田伊賀守忠昌)にあてて出された訴状で、行人方の拠点であった大徳院(蓮花院)の機能維持などを求める条文からなる。 |